千と千尋の神隠し

「千と千尋の神隠し」込められたメッセージ・言葉が持つ力について【豆知識】

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宮崎駿監督が2021年に発表した「千と千尋の神隠し」は神々が住む異世界へ迷い込んだ10歳の少女「千尋」の「生きる力」がテーマとなっていました。

今回は「千と千尋の神隠し」に込められたメッセージを紹介したいと思います。

・千尋の成長物語ではない

異世界に迷い込んだ千尋がそこで出会った人たちや仕事を通じて人間的に成長する物語に見えますが、どうやら宮崎駿監督にはそのような意図はないようです。

宮崎駿監督が書いた「不思議の町の千尋」には以下の様な言葉があります。

不思議の町の千尋・コメント

かこわれ、守られ、遠ざけられて、生きることがうすぼんやりにしか感じられない日常の中で、子供達はひよわな自我を肥大化させるしかない。千尋のヒョロヒョロの手足や、簡単にはおもしろがりませんよゥというブチャムクレの表情はその象徴なのだ。けれども、現実がくっきりし、抜きさしならない関係の中で危機に直面した時、本人も気づかなかった適応力や忍耐力が湧き出し、果断な判断力や行動力を発揮する生命を、自分がかかえている事に気づくはずだ。

ひ弱な千尋がさまざまな苦難を乗り越えて成長したのではなく、彼女自身が元々持ち合わせていた潜在的な力が湧き出されていたのですね。

十歳の女の子達へのメッセージ

千尋はハクが言った「嫌だとか、帰りたいとか言わせるように仕向けてくるけど、働きたいとだけ言うんだ。つらくても、耐えて機会を待つんだよ」の教え通り、湯婆婆相手に何度も「ここで働かせてください!」と言いました。

「仕事を持たないものは湯婆婆に動物にされてしまう」とは言えなかなかの勇気です。

このことに関して宮崎駿監督は以下の様にコメントしています。

十歳の女の子達へ

もっとも、ただパニックって、「ウソーッ」としゃがみこむ人間がほとんどかもしれないが、そういう人々は千尋の出会った状況下では、すぐ消されるか食べられるかしてしまうだろう。千尋が主人公である資格は、実は喰い尽くされない力にあるといえる。決して、美少女であったり、類まれな心の持ち主だから主人公になるのではない。その点が、この作品の特長であり、だからまた、十歳の女の子達のための映画でもあり得るのである。

 

言葉は力

宮崎監督が「千と千尋の神隠し」制作時に、言葉の力について以下の様に語っています。

言葉は力

言葉は力である。千尋の迷い込んだ世界では、言葉を発することは取り返しのつかない重さを持っている。湯婆婆が支配する湯屋では、「いやだ」「帰りたい」と一言でも口にしたら、魔女はたちまち千尋を放り出し、彼女は何処にも行くあてのないままさまよい消滅するか、ニワトリにされて食われるまで玉子を生みつづけるかの道しかなくなる。逆に、「ここで働く」と千尋が言葉を発すれば、魔女といえども無視することができない。今日、言葉はかぎりなく軽く、どうとでも言えるアブクのようなものと受けとられているが、それは現実がうつろになっている反映にすぎない。言葉は力であることは、今も真実である。力のない空虚な言葉が、無意味にあふれているだけなのだ。

湯婆婆は千尋の「働きたい」という言葉を聞き入れずに追い返そうとしましたが、千尋は怯まずに何度も「働きたい」と言いました。

自分が言ったことを後で訂正すれば良い・適当に言っても大丈夫と言った考えが蔓延る世の中ですが、今一度言葉の持つ重みを考えさせる作品ですね。

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